9 | 信じられない……話 | 11月 1日版(第1週掲載) |
10 | 作る人と使う人 | 11月 8日版(第2週掲載) |
11 | 『伝える』ということ | 11月15日版(第3週掲載) |
12 | いったいあんたがた、何考えてんの? | 11月22日版(第4週掲載) |
13 | なにか割り切れない話 | 11月29日版(第5週掲載) |
1999年11月第1週掲載 |
1999年11月第2週掲載 |
1999年11月第3週掲載 |
●『伝える』ということ
![]() 『私は視覚障害者の為の音訳ボランティアをしています。眼の見えない方の為に、本を読んでカセットテ−プに録音するのです。この頃は病気や事故で途中失明する方も多く、録音図書の需要は増えている様です。 眼の見えない方も色々な事に興味を持っておられます。普通の晴眼者と全く同じで、小説、随筆、俳句、歴史、科学、経済、スポ−ツは勿論のこと、コンピュ−タ、園芸、写真を撮る、昆虫採集、楽器の演奏等々もなさる様で、全く感心します。 ところで、自分の為に読む時はおおよそ内容が理解出来ればまあそれで良いのですが、他人様の為にそれも声に出して読むと言うのはなかなか難しく、正しい読みや抑揚の為に辞書を手放せません。その上、文字だけでなく、図表、数式、楽譜等もきちんと内容を伝えなければなりません。これが又大変です。そして、調査が済めば読み始めるわけですが、標準アクセントで読むというのは、関西人は苦手です。 楽譜なども大変です。単音のメロディはまだ良いのですが、重音となるとお手上げです。断りを言ってから、歌ったりキ−ボ−ドで演奏してみた事もあります。何か良いアイディアはないでしょうか? 点字楽譜をよみこなすというのは途中失明者には大変な様ですし、何とかして音声で表現したいのですが・・・ ![]() |
ふとしたきっかけでこの世界に入ったのですが、私の方が色々得る事も多く、楽しく有難い事だと思っています。利用者の要望に比べ、出来上った録音図書の数は余りにも少なくまだまだ足りない状態です。ひょっとすると明日は私も利用者かもしれません。今、私達が手にする本すべてが録音図書にもなればいいなと思っています。』【写真は録音作業中のTさん。「日本ライトハウス」のパンフレットから】
Tさんは『きちんと内容を伝えなければなりません。これが又大変です』と、さらりとおっしゃっているが、『他人様の為にそれも声に出して読むと言うのはなかなか難しく、正しい読みや抑揚の為に辞書を手放せません』という努力は並大抵のものではない。この欄で前に論じたように(「どうなっちゃうの? 日本語」参照)「伝える」ことを日常業務として行っている「プロ」たちは如何であろうか。 それはさておき、音楽の演奏も「伝える」そのものだ。過日ルンデで行われたバルトーク弦楽四重奏団による「室内楽公開レッスン」に見た一齣をご紹介したい。 あるグループの演奏を止めて、講師役のバルトークSQのメンバーの一人が客席に向かって『いま、主題は聴こえましたか? わたしには聴こえなかった』。勿論ちゃんと音にはなっているのである。『あなたがたは、楽譜を正確に、そしてきれいに弾いてはいる。だがそれだけではいけない。音楽の演奏は、そこに主張がなければならない』と。別の場面での『この作品の持つ性格(character)を言葉で表してみてください』には返答無し……。 まだまだ多くの、非常に示唆に富んだ指導が展開されるのだが、聴講していた年配の音楽愛好者(会社経営)の言葉『いままで何も知らずに音楽を聴いていたことに気付き、ただただ恥じ入るばかりです。涙が出るほど感激しました』に象徴される貴重な時間であった。ちなみに、5時間半(!)に及ぶレッスンに最初から最後まで熱心に耳を傾けていたいたのは、遠く兵庫県から来場された方を含めほとんどが一般愛好家であり、音楽学生・(特に)指導者は皆無に近かったことは何を意味するのだろう。 別事ながら、一時期盛んになりかけていた音楽学生の室内楽指向が、最近また下火になって来たらしい。その原因がどうやら「3人以上のスケジュールを合わせるのが困難」なのだそうで「精々デュオ止まり」だとか(レッスン受講5グループのうち、最も充実したアンサンブルを聴かせたのは、普通大学卒業の社会人でしかもそれぞれ異なる府県に居住、というグループであった)。なにはともあれ自分の都合が最優先で、何が何でもやろうという強い欲求や意志が乏しいのだとすると、日本の音楽界の21世紀への展望は、実にキビシイ……。 |
1999年11月第4週掲載 |
1999年11月第5週掲載 |