アウエルバッハさんの新作を楽しみに   諏訪内晶子


■多彩な才能&チャーミングなアウエルバッハさん:

 アウエルバッハさんと出会ったのは、ジュリアード音楽院です。彼女は作曲とピアノを専攻していました。専攻こそ違いますが、同じ学年で、大学(学士)と大学院(修士)両方通して一緒に勉強した仲間です。当時、私は寮で暮らしていましたが、彼女も寮に住んでいたと思います。コロンビア大学にも、彼女は比較文学、私は政治・思想史と専攻こそ違いますが、同時期に通っていました。当時、私達は親しくお喋りする仲というわけではありませんでしたが、身近でその活動を尊敬しながらみていた、という感じです。
auerbach 彼女はチャーミングでありながら、「自分の世界がある」という雰囲気を持った人です。すでに当時、プーシキン協会から詩の賞を贈られたりと、文学、演奏、作曲・・と多才に活躍されていました。彼女自身は、「自分の国は、プロコフィエフもショスタコーヴィチもラフマニノフも、みな演奏活動しながら曲を書いていたから……」と、自分が特別ではないと思っているようでしたが12歳のときにはすでにオペラを作曲したそうですし、彼女のなかでは、創作することと演奏することが最初から一体になっているのではないでしょうか。
 最近の交流は、2001年の夏にロッケンハウス音楽祭に参加したときに、アウエルバッハさんもコンポーザー・イン・レジデンスとして参加していたことがきっかけです。そこで彼女の曲がたくさん演奏され、私も彼女のピアノで《ピアノ・トリオ》を演奏しました。アウエルバッハさんの曲は、前衛的、実験的というのではなく、ショスタコーヴィチやプロコフィエフなどの流れを汲みつつ、そこから自分の世界を築いていることが感じられます。彼女自身、「メロディを書くことに重点を置いている」とおっしゃっていますし、とても親しみやすい音楽です。

■初めて音になる瞬間に立ち会える喜び

 今回の新作も、編成をお伝えするだけで、あとは「書きたいように」とお任せしています。どのような曲があがってくるのか、楽しみにしているところです。彼女はヴァイオリニストではありませんから、楽器の技法のことなどで最終段階のやりとりがあるかもしれませんし、リハーサルの段階で調整したりすることもあるでしょう。これまでにペンデレツキさん、デュティユーさん、三善晃先生の曲を演奏したときも、リハーサルに立ち会っていただいています。私から質問したり、作曲者から「テンポをこうしてほしい」とか「ここはこういう音で」という要望があったり、それに臨機応変に対応しなければならないのは大変なことなのですが、私にはそれも楽しみのひとつです。アウエルバッハさんともそういう交換がたぶんたくさんあるのではないかと、楽しみにしています。
 このことこそが現代曲を演奏する醍醐味であり、古典、ロマン派の曲との大きな違いです。過去の作曲家には会うこともできないので、楽譜からすべてを受け取るしかないのですが、リビング・コンポーザーの場合は作品が初めて音になる瞬間に立ち会えるわけで、演奏家としてとても幸せなことと思います。現代曲は、技術的に、またオーケストラとのアンサンブルのうえで、難しさはたくさんあるのですが、今を生きている私にとっては、自分に関連づけて理解できるので、共感しやすい感じがします。古典の曲の場合は、自分で遡って曲に近づいていく必要があるのですが、現代曲は「自分と同時代」ですから、自然に自分のなかに入ってくるような気がするのです。現代曲の「遡り」は、むしろ、それぞれの作曲家の作風変遷で、「この時代はこうだった」とか「このように変わった」など辿りながらアプローチしていきます。作曲家を理解するうえで、とても興味深い作業です。
 最近では、ロンドンで、BBC交響楽団とデュティユーのヴァイオリン協奏曲を弾きました。アイザック・スターン氏に献呈されているすばらしい曲で、大変難しいのですが、機会があれば、日本を含めて世界中で演奏したいです。これから弾いてみたいと思っている作曲家は、ニコラス・モーさん、ペーター・エトヴェシュさん、あとヴァイオリン曲はないのですが、とても尊敬しているジョルジュ・クルタークさん。まだまだたくさんありますが、この夏はアウエルバッハさんの世界に浸ることになるでしょう。彼女の文学作品は残念ながらまだ読んだことがないのですが、英語で出版されているものがあるので、いま2冊取り寄せている最中です。(談)