ルンデ開館満20年記念シリーズ

ニーナ・コトワ 無伴奏チェロ・リサイタル
NINA KOTOVA  Cello Solo Recital


kotova
 ロシア生まれの新進チェリスト=ニーナ・コトワは、今から四年前は売れっ子のモデルだった。フェンディのファッションショーの舞台に立ち、コスモポリタンやグラマーの誌面も飾っていた。だが、イギリスの音楽マネジャーからリサイタルの話をもちかけられたとき、彼女はすぐさまモデルの仕事を捨てた。ロンドンのウィグモア・ホールで独奏するチャンスが訪れたのだ……。

 そして今年5月、華やかに日本デビューした彼女は、12月、今度はプラハ放送交響楽団のソリストとして再び来日、あのコンクール受賞記念コンサート以来15年ぶりの協演を行います。そしてその合間を縫って無伴奏リサイタルも催す意欲的な日本ツアーとなりました。そこでは彼女の自作ソナタ、また亡き父に捧げられた作品も演奏される、注目のコンサートです。
2000年12月 8日(金)19:00(開場 18:30)
スタジオ・ルンデ
(名古屋市中区丸の内 2-16.-7)

バッハ:無伴奏チェロ組曲 第3番 BWV.1009
カローシュ:七つのリチェルカーレ〜偉大なるロシアの音楽家イワン・コトフの想い出に【世界初演】
コトワ:無伴奏ソナタ(2000)
カサド:無伴奏チェロ組曲


【自由席:一部座席予約可】一般 \4,200、ペア \7,350、学生 \2,100
【主催】ルンデの会
【予約、お問合わせ】スタジオ・ルンデ TEL:052−203−4188
ニーナ・コトワ プロフィール
 ロシア生まれのチェリスト、ニーナ・コトワは、「完壁なテクニック」を備え、「力強い表現力」を持つ演奏家として、アメリカ各地で迎えられてきました。「忘れ難い」「情熱的で人々を感動させる」音楽家、芸術家としての才能は、彼女の目を見張る程の美しさに匹敵するものでしょう。
 7歳のときにリサイタルを行ない、14歳で作曲をはじめた早熟の音楽家コトワは、音楽一家に生まれました。父親のイワン・コトフは、1973年のジュネーブ国際コンクールに優勝した著名なコントラバス奏者でした。
 コトワは、モスクワ中央音楽院に学び、7歳でモスクワ音楽院のチェロ科に入学を許可されたのです。音楽院での厳しい練習とたぐいまれな才能が、15歳の彼女を1985年のプラハ国際コンクール優勝へと導いたのでした。このコンクールでは、ヤブロンスキー指揮のプラハ放送交響楽団と協演しているます。
 父親のイワン・コトフは、35歳の若さで亡くなってしまいます。父親の死後、コトワは当時の西側諸国へと旅立つ決心をします。19歳のとき、当時の西ドイツヘの観光ビザを取得した彼女は、ケルン音楽院に学び、優秀な成績で卒業します。その後、アメリカで勉強する機会を得ましたが、学生ビザを取得できずソヴィェトヘの帰国を余儀なくされ、その後も数年ビザを取得する事ができませんでした。苦難の末、ビザが許可された時、彼女はアメリカで勉強する決心をします。そして、チェリストとしての研鎖を続け、演奏する機会を探しました。プラハ国際コンクールにおいて優勝した事により、エール大学への入学許可と奨学金を得ていたのですが、奨学金だけでは生活ができず、ニューヨークヘと旅立ちます。
 1993年の事、彼女は多くのカメラマンの推薦により、フォード・モデル・エージェンシーと契約します。たちまちモデル界を席捲する存在となり、多くの女性誌を飾るトップ・モデルとなったのです。この間彼女は、チェロを伴って世界のファッション・ショーに出演しながら、練習と作曲にあけくれます。2年間、ヨーロッパ、日本、アメリカを、シャネル、ウンガロ、そしてアノレマーニといったブランドのモデルとして活躍した後、彼女は本来の仕事である音楽の世界に戻るのです。
 その後も、彼女は使用していた楽器をソヴィエト政府に返さなければならなかったので、新しい楽器を購入するためにモデルの仕事を積極的に受けていました。ところが、皮肉な事にこの貯えを利用する事はありませんでした。ふさわしいアーティストに楽器を提供してくれるある財団が、1696年製のグァルネリの''ベア"という楽器を彼女のために用意してくれたのでした。
 彼女が、クラシック音楽シーンに戻って来て、最初のコンサートは1996年、ロンドンのウイグモア・ホールでのデビュー・リサイタルでした。このリサイタルでは、モデルの経験から生まれた自作曲『キャットウォークの情景』を演奏したのです。以来、ヨーロッパでは、ロンドンのバービカンセンターでのウイリアム・ホートン指揮のイギリス交響楽団との協演、モスクワ音楽院大ホールでの公演を含む、バルト海沿岸諸国や、ロシアヘの演奏旅行を行なっています。アメリカでは、ニューヨークのタウンホールでのダラス室内オーケストラや、セント・ルイス交響楽団との協演、ワシントンの国立女性美術館でのリサイタルを行う他、最近では、クレムリン室内オーケストラのソリストとして、テキサス、サンタ・フェ、ニューメキシコを演奏旅行しています。
 又、フィリップス・クラシックと独占契約をし、1999年秋に最初のCDがリリースされました。

《新聞評より》

 彼女の長所は、適格な弓のコントロールによる豊かな音色と、高い音域でのフォルティッシモにおいてもチェロ特有のかん高さが押さえられ、豊かさが保たれている点である。しかし、このような技術的な事を越えて、心の底から豊かな彼女の人間性を示してくれた。聴衆は、彼女がしっかりと作曲家の情趣をとらえている事を感じるので、度を超えた脚色を必要としないのであろう。  〈ワシントン・ポスト1998年10月〉

 私は幸運にも、ウィグモア・ホールでデビューを飾る、数人の素晴らしいチェリストと出会ってきたが、二一ナ・コトワほど印象深いチェリストは存在しなかった。  〈ミュージカルオピニオン1996年8月〉

 3楽章が終わるや否や、オーケストラから拍手が沸き起こり、心を奪われた聴衆からは暖かい大喝采の嵐が吹き荒れた。この日のエルガーのチェロ協奏曲は、とても忘れる事はできない。  〈ミュージカルオピニオン1996年11月〉


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